2018年10月メッセージ「聖書における親と子」

牧師からのメッセージ

■日曜のひとときを聖書と共に 「日曜礼拝」
日時2018年10月14日(日)午前10時30分~12時

テーマ:聖書における親と子

今日は、ダビデを王に任職した預言者サムエルについて学んでみたいと思います。サムエルは初代の王サウルと、次の王のダビデに油を注いだ人物で、イスラエルの王国の基礎を定めました。彼はすばらしい預言者でしたが、失敗もありました。
サムエル記上下は、サムエルの出生の秘話から始まり、彼と2人の王の関係が記されています。サムエルは預言者とされますが、後代の預言者のように文書を残していません。しかし、私たちはサムエル記に記録された彼の人生の軌跡から、多くのことを学ぶことが出来るのです。
今日は、サムエル記冒頭に登場する3組の親子のドラマを学んでみましょう。

■母ハンナの祈り

サムエルは、エルカナという人の妻であったハンナから生まれました。サムエル記上の冒頭には、もう一人の妻との確執が記されています。もう一人の妻はハンナを嫌って、様々な嫌がらせをしたようです。ハンナはとても苦しみました。
エルカナの一家はエルサレムの北にあるラマタイム・ゾピムという所に住んでいましたが、これは「ラマ」という名前でも知られます。そこから数十キロ離れたシロという場所にあった主の宮まで、彼らは毎年、礼拝に行っていました。しかし、ハンナはそのたびに他の妻からいじめられるので、とても苦しみ、主に祈るのです。
彼女は、子が与えられたら一生、主にささげると誓います(1:11)。そこには「かみそりをその頭にあてません」という言葉がありますが、これは多少説明が必要です。士師記13章以降にサムソンという士師(英雄)が登場しますが、彼もまた髪を切りませんでした。彼が髪を切ると力が失われ、髪が伸びると再び力を得るのです。

これは「ナジル人」と呼ばれる、神にささげられた人なのです。現在でもユダヤ人たちの一部は、髪の一部を切らずに伸ばし続ける風習を続けています。

写真は現在の正統派ユダヤ教徒の青年です。もみあげの部分が長くのばされて、カールしているのがおわかりかと思います。これを「ペヨット」と言います。
さて、主はハンナの祈りを聞き入れ、男の子をお与えになります。それがサムエルでした。ハンナはシロで主に仕えていた祭司エリに、サムエルを託しました。

■祭司エリの2人の子の悪行

さて、2:12になると、祭司エリの息子たちが登場します。彼らはとても悪い人々で、人々が持って来た主の供え物を横領しました。エリは彼らを叱るのですが、彼らは悔い改めようとしませんでした。
25節には恐ろしい事が書かれています。主は供え物を横領した2人の息子を殺すことに決めていて、悔い改めることをお許しにならなかったのです。悔い改めることができるのは、神の恵みだということを、私たち知らねばなりません。
出エジプト記20章には「モーセの十戒」が書かれていますが、その中で唯一「父と母とを敬え」(20:12)には、祝福の約束がついています。「これは、あなたの神、主が賜わる地で、あなたが長く生きるためである」というのです。エリの子供たちは、父を敬わなかったことで、自分たちだけでなく、民族全体に災いを及ぼしました。
そして、別の預言者(神の人)が来て、エリに恐ろしいことを告げます。一家が呪われ、2人の子、ホフニとピネハスが同じ日に死ぬ(2:34)というのです。それだけではありません。神はエリの家を絶滅させず、1人だけを残してずっと嘆き悲しむようにされるというのです。
この預言は、4章になって恐ろしい形で成就するのです。
その一方、ハンナが祭司エリに預けた幼いサムエルは、すくすくと成長し、神と人から愛された(2:26)のです。この表現は、幼子イエスにも用いられて(ルカ2:52)います。普通、神に愛される人々は人に憎まれ、人に愛される人々は神に憎まれることが多いのですが、どちらからも愛されるのは、幼子の特権です。

■神の声を聞いたサムエル

最初にサムエルが神の声を聞いた時の話は、教会学校で旧約聖書を学ぶときには、とても良く取り上げられる箇所です。それは、サムエル記の3章です。
彼は契約の箱がある、神殿に寝ていました。そういう場所に寝ることなど、後の時代には考えられないことですが、当時は「聖所」とか「至聖所」という概念が無く、まだ神と人との関係がそれほど近かったのでしょう。
その時、主がサムエルに「サムエルよ、サムエルよ」と声をかけるのですが、サムエルは祭司エリが呼んだものと思い、エリの所に行きます。三度目になってエリは、主が語られていることに気付き、主の言葉を聞くように命じます。
そして幼いサムエルは、初めて主の言葉を聞くことになりました。それは、以前に預言者が告げた預言と同じ内容で、エリの家に対する裁きの宣告でした。これがサムエルの預言者としての最初の一歩となります。彼は祭司エリに言われて、その内容を告げます。エリは「それは主である」と答えます。
すでに前の預言の段階で、悔い改めが認められないと宣言されているので、それは聞くまでもない預言だったのです。それでも、主が裁きを待っておられたのは、サムエルが成長するまでエリが祭司を続ける必要があったからでしょう。
しかし、この預言を皮切りに、サムエルは預言者としての頭角を現し、イスラエルの人々はそれを理解します。(3:20-21)

■契約の箱を奪われたイスラエル

4章に入り、神の裁きの預言は成就します。ペリシテ人との戦争が始まり劣勢になったため、人々は契約の箱を持ち出して勝利しようとしますが、それは裏目に出て、戦争に負け、箱は奪われ、エリも2人の息子もみな死んでしまいます。しかし、預言通りに、嘆き悲しむための息子1人が残されます。
箱はペリシテ人の地に運ばれるのですが、ダゴンの神殿に奉献すると偶像が箱の前に倒れてしまうのです。その他にも多くの不思議な出来事が起こり、災いが及んだので、ペリシテ人は七ヶ月間の後、箱をイスラエルに返還することを決めます。そして、箱を車に載せ雌牛に引かせると、何と不思議なことに雌牛は車を引いてまっすぐイスラエルの地のベテシメシという町に向かうのでした。(6章)
そして契約の箱は現在のアブ・ゴシュ近くと見られる「キリヤテ・ヤリム」という場所に運ばれます。後にそれをエルサレムに運び入れたのはダビデでした。

■父の道を歩まなかったサムエルの子供たち

さて、契約の箱を返してもらったイスラエルは、サムエルに導かれて悔い改め、しばらく真面目に過ごしますが、やがてサムエルは年老います。ところが、サムエルの子供たちは父のように正しい裁きをせず、エリの子供たちと同じように私利私欲に走ります。(8:1-3)
そこでイスラエルの民は、もう預言者に導かれた国はダメだと考え、王を求め始めます。サムエルも神もあまり乗り気ではありませんでしたが、結局はサウルとダビデという2人の王が相次いで立てられ、特にダビデは新しい時代を開くことになりました。

■3組の親子の物語

この3組の親子は、いずれもイスラエル民族に重大な影響を与えました。それぞれの親子について検証してみましょう。

・母ハンナと、子のサムエル

サムエルは母が信仰によって「一生の間、主にささげる」と決めたことを、そのまま受け入れました。これは、本人にとってはとても迷惑なことだったかもしれません。しかし、彼の成功の第一の要素は母の信仰でした。そして、彼が母の信仰に従ったことは、母だけでなくイスラエル全家の大きな祝福となったのでした。

・父エリと、子のホフニとピネハス

祭司エリは信仰深い人でしたが、子供は父の言うことを聞きませんでした。それによって、エリの家族は大変な呪いを受けましたが、話はそれで終わりませんでした。イスラエル民族は、ペリシテ人に手痛い敗北を喫して多くの人々が死んだのです。

・父サムエルと、子のヨエルとアビヤ

サムエルも信仰深い人でした。しかし、2人の子供は父の道を歩まなかったのです。サムエルは師匠であるエリが失敗するのを見て育ちましたが、同じ失敗をしたのでした。それほどまでに、子育ては難しいのです。しかし、サムエルの子供たちは父の家にも、イスラエル民族にも、それほど大きな害を与えませんでした。それはたぶん、神の指示に従い、自分の子供ではなく神の選んだ人を王に指名するという選択をしたからだと思われます。

■まとめ

私は4人の祖父母がみなクリスチャンで、そのおかげで信仰者となっています。私の両親を含め、6人の人々ががんばってくれたおかげで、私は信仰を持つことが出来たのですが、その恩は、次の世代を信仰者として育てることでしか返せません。
信仰は個人的なもので一代限りだという側面もありますが、家族が一つになって神に仕えることで、より大きな働きができて人々に祝福を与えることができるのです。
皆様の多くは家族がおられると思います。家族に福音を伝えるのは、決して簡単ではありません。サムエルでさえ失敗しました。でも、聖書の中には多くの成功例があります。家族が共に信仰の道に歩むようになれば、その祝福は計り知れません。
ハンナのように、主に祈りつつ、伝える努力をしてみていただければと思います。

講師:石井田 直二

 

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SKK 聖書研究会 大阪センター
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