2019年6月メッセージ「ピレモンへの手紙」

牧師からのメッセージ

2019年6月16日 聖書研究会大阪地区  日曜礼拝
ピレモンへの手紙

各地で「家の教会」を設立したパウロ

パウロは異邦人に福音を伝えた人物です。彼は3度も宣教旅行をして、アジアとギリシャの各地で教会を設立して行きました。その教会というのは、現在のようにとんがった屋根に十字架がついた「教会」ではなく、家にある教会、今日でいえば「ハウスグループ」だったのです。パウロはピレモンに「あなたの家にある教会」と言っていますが、それは、たぶん多くても数十人の規模だったのでしょう。

彼は3度しか宣教旅行をしていません。一度設立した教会に、最大でもあと2回しか訪問できませんでした。パウロが設立して、それっきりという教会もあったのです。そこで彼は、次々に各教会に手紙を書いて指導をしました。その手紙が聖書に収録され、「パウロ書簡」と言われる文書になっています。

 

新約聖書の目次をみると、ローマ人への手紙からピレモンへの手紙までがそれらの手紙です。なお、今日の文献学者らは、用語の分析などから、その半分くらいは後世に他の人が書いたとしていますが、このピレモンの手紙については、ほとんどの研究者がパウロの真筆だとしています。文献学者の言うことはアテになりませんが、とにかくこの手紙は専門家が見ても、とても「パウロらしい」手紙なのです。

逃亡奴隷オネシモの悔い改め

 

この手紙は具体的な用件だけが書かれた、極めて短い手紙です。パウロは、たぶんローマで自宅軟禁されている間に、逃亡奴隷のオネシモと出会い、彼を信仰に導きました。しかし、オネシモの主人であるピレモンもまたパウロの弟子だったので、パウロはこの手紙を書いて、たぶんオネシモに持たせて、彼を受け入れるようピレモンに求めたのです。

奴隷制度は当時、当たり前の社会制度で、パウロはその制度自体の問題点は指摘していません。人は様々な理由で奴隷になりました。戦争に負けて戦利品として奴隷になったり、多額のお金が必要な時に、家族のため也自分のために奴隷になったりしたのです。ただし、制度の矛盾にもかかわらず、オネシモが雇用主であるピレモンに迷惑をかけていたことは明らかでした。オネシモはたぶん、暴力でオネシモを奴隷に下のではなく、お金を出して買ったのです。そうすると、彼が逃げたことでオネシモはそのお金を失ったのです。

パウロが奴隷制度廃止を訴えていないことには批判もありますが、当時の世界で超少数派のクリスチャンであったパウロが、社会変革を目指さず宣教の推進を考えたのは、現実的には当然のことでしょう。しかし、後にキリスト教は奴隷制度の廃止に大きな役割を果たしています。奴隷状態からの解放は、ユダヤ教からキリスト教へと流れる重要な原則なのです。

 

さて、オネシモがどのようにしてパウロの元に来たかは不明ですが、パウロが以前にオネシモの家に行った際にパウロと接点があったのかもしれません。ここでパウロが「捕らわれの身で産んだ」と言っているからには、パウロはかなり力を入れてオネシモを導いたと思われます。「産んだ」とは、福音を伝える、つまり命を与えることを意味しています。

 

ここでパウロは、オネシモに元の主人のピレモンの元に戻るように教えています。これは、そのままパウロがオネシモを手元に置き続けると、それは当時の社会では「犯罪」となり、最悪の場合は主人のピレモンから訴えられる可能性があったからです。

 

パウロの「お願い」

 

そこでパウロは、ピレモンに対して「キリストにあってあなたのなすべき事を、きわめて率直に指示してもよいと思うが、むしろ、愛のゆえにお願いする」と言っています。パウロは、オネシモを解放する、という犠牲をピレモンに無理に払わせたくはないのです。犠牲は、愛のゆえに喜んでするものだけに価値があり、強制された時には無益なものとなります。それは、イザヤ書1章で神が嘆いていることであり、何度も繰り返される聖書の主題です。

 

そしてパウロは、ピレモンがパウロに多くを負っていること、つまり、おそらくはピレモン自身を導いたのがパウロだったのでしょうが、それは「この際、言わない」と言います。さらにパウロは「借金は私の借金にしてくれ」と言うのです。これは強力です。ピレモンがいくらの借金を背負っていたのでしょうか。ここでパウロが「もし、彼があなたに何か不都合なことをしたか、あるいは、何か負債があれば…」と言っているのは、オネシモが逃亡しているという事情から見て、ピレモンにその賠償金額を決める権利があったからです。当時の法によれば、ピレモンはオネシモを死刑にすることさえできました。

 

さて、この「お願い」を、当のピレモンはどんな気持ちで受け止めたのでしょうか。聖書はそれについて何も語っていませんが、それを物語る事実があります。それは、この手紙が現在まで残されているという事実です。手紙は、写本を作らない限り残らないので、このような私信が残るのは、極めて珍しいことです。写本を残すのは、それを関係者が残そうとしたことを意味しています。それだけではありません、この手紙が聖書正典に組み込まれたことは大変なことです。この関係者、つまりピレモンやオネシモは、それから百年以上を経て聖書を編纂した人々にも知られており、その時代まで影響を与えていたのでしょう。

 

つまり、ピレモンはこの手紙を破りすてず、パウロの願いを聞き入れたのです。そして、オネシモもその期待に応え、きっと良いクリスチャンになったのではないでしょうか。ピレモンの家の教会の人々は、教会の創立初期に起こったこの事件を、大変誇りに思って語り継いだのでしょう。神学的な教えが何もないこの手紙が残ったのは、そういう経緯があったと考えられます。

 

パウロは「13 わたしは彼を身近に引きとめておいて……あなたに代って仕えてもらいたかった」と言っています。11節の「有益な」は、「オネシモ」という名前の意味で、一種の洒落です。日本の名前で言えば「利雄」みたいなものです。彼は逃げ出して「無益」なものとなっていましたが、しかし、これからは「有益」なものになると、パウロは言うのです。パウロはオネシモが自分に仕えてくれることを望んでいたようにも見えますが、オネシモを帰して「15いつまでも留めておくため」という言葉から考えると、パウロはオネシモがピレモンに仕えることを願っていたのかもしれません。これは確かな情報ではありませんが、コロサイ4:9に出て来る「オネシモ」が、この手紙のオネシモと同一人物だとすれば、オネシモは再びピレモンに送り出されて活躍した事になります。

 

パウロ、ピレモン、オネシモの関係

 

ここで、パウロ、ピレモン、オネシモの関係をもう一度考えてみましょう。オネシモはピレモンに損害を与えていたのですが、悔い改めて信仰を持ったオネシモを受け入れるようにと、パウロはピレモンに命じます。この構図は、イエス、ペテロ、パウロの関係に酷似しています。パウロは迫害者としてペテロたちに多大な損害を与えていたのですが、主イエスのゆえに悔い改めて兄弟となったため、ペテロたちはパウロを受入れたのでした。

兄弟を赦し、受け入れることは新約聖書の教えの重要な柱です。イエスは、一万タラントの負債のあるしもべの例話(マタイ18章21~)などを通じて、また、主の祈りの中でも兄弟の罪、あるいは負債を許すことを重視し、教えています。兄弟が互いに罪を赦すことは、昔も今も重要課題です。

このパウロの手紙は、単なる「たとえ話」や「教え」ではなく、実際に起こった事件であり、罪や負債を赦すことについての「模範」であると言えます。特に、パウロがオネシモを「私の心」だと言い、オネシモの負債を自分の負債にしてくれと言っていることは注目に値します。それは、兄弟の罪を赦すという行為の深い意味を教えているのです。

イエスは十字架によってパウロの罪を負いました。それは神に対する罪と同時に、使徒たちに対する罪もだったのです。そこで、イエスは疑う弟子たちに、聖霊を通じてこう教えられたのです。「パウロがあなたがたに罪を犯したことは、よくわかっている。彼は今まで、私にとってもあなた方にとっても『無益』なものだった。しかし、これからは『有益』なものとなるのだ。だから、彼の犯した罪は私がすべて支払う。私の負債にしておいてくれ」と。これによって、ペテロたちに「兄弟」として受け入れてもらったパウロは、それと同じことを彼の弟子たちにしたのです。

 

私たちの「負債」

 

キリスト者となることは、キリストによって罪を赦されることです。だから、あなたも、他のクリスチャンも皆、同じように罪を赦された立場であることを忘れてはなりません。教会の中の人間関係は、いつも良いわけではありません。残念なことに、教会内、ミニストリー内での対立、確執は後を絶たないのです。しかし、イエスは私たちに、人が犯す罪を赦し、兄弟を受け入れるように求めておられます。

この手紙はパウロがピレモンに書いた手紙なので、パウロがオネシモに何を教えたかについては、全く何も書かれていません。その教えは「手紙」ではなく、「口頭」で伝えられたからです。しかし、その内容を想像することは決して難しいことではありません。きっと、「お前をこき使った悪いピレモンに、ガツンと苦情を言ってやれ」とか「奴隷制度は間違っているから、ピレモンに説教してやれ」とは言わないで、「私がこうして手紙を書くからには、心から真面目に働いて主人であり兄弟であるピレモンに『有益な』ものとなるように努力しなさい」と教えたはずです。もし、パウロに借金を肩代わりしてもらったのに、またもやオネシモがピレモンに損害を与えたら、パウロの顔は「まるつぶれ」になるからです。

ピレモンはそれほどひどい人間ではなかったはずですが、たぶんピレモンとオネシモは気が合わなかったのでしょう。それでも、パウロはオネシモにピレモンの所に戻れと言っています。キリスト者は多少の不合理があっても主人に仕えるべき(コロサイ3:22、1テモテ6:1-2、テトス2:9、1ペテロ2:18)だというのは、新約聖書の教えです。これには反対もあると思いますし、受忍限度はあると思いますが、「多少の矛盾があっても良き市民であれ」というのは聖書の基本的な教えです。

 

さて、この物語の登場人物、オネシモ、ピレモン、パウロは全て、神の完全な恵みによって福音の道に導かれました。彼らは3人とも、罪の代価をキリストに肩代わりしていただいたのです。そこで、この3人の行動は、キリストによって救われた人の歩むべき三段階と、その模範を示していると言えるでしょう。

 

オネシモは第一段階の模範です。キリストによって罪赦された者は、それにふさわしい生活をして、周囲の人々に「有益な」ものとなるべきです。それは、私たちを贖ったキリストの栄光のためなのです。

 

ピレモンは第二段階の模範です。私たちはピレモンと同様に、仮に他の人々に害を加えられたとしても、それを「キリストのゆえに」赦さなければなりません。特に、信仰歴が長い人は、率先して信仰歴の浅い人を赦し、受け入れるべきです。その兄弟のためにもまた、キリストは死なれたからです。

 

パウロは第三段階の模範です。多くの経験を積んで、人を導く立場に立った人は、人の罪を赦すように人に教えるだけでなく、パウロの例に倣って自ら人の罪を負うべきなのです。特に未熟なクリスチャンの罪を肩代わりし「私がそれを返済します」と言って、経験ある信徒を説得しなければなりません。これは容易にできることではありませんが、人を導くことは、それだけ覚悟が必要なことなのです。

 

短くてあまり内容の無い手紙のように見えますが、この手紙が教えていることは、あまりにも深いのです。聖霊がこの手紙を聖書に収録するようにされたのは、当然のことだと思います。

 

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